ふゆの与太話

取り留めのない日々の事や好きな作品についてお話を

へし切長谷部軽装妄想(夢1)

あの軽装の長谷部は完全に旦那でした。

私はあのポーズ、袂から婚姻届出す風にしか見えませんでした。

酷い妄想です。そんなポーズいろいろ妄想です。 

 

妄想act.1 デートの前段階

【長谷部は非番、審神者は書類を前日にすべて終わらせ、久しぶりにゆっくり過ごせることになったある日のこと。朝ご飯を食べ終わったタイミングで、長谷部は審神者に声を掛ける】

 

 箸を置き両手を合わせると「ごちそうさまでした」と呟き、空いた皿を持って厨へと向かう。

「ああ、ありがとう。主」

 厨当番である歌仙兼定に食器を渡すと、彼がどこか楽しそうに目を細めた。不思議に思い首を傾げれば、歌仙は「なんでもないよ」と笑う。

 疑問を抱えつつ、歌仙の手伝いをしようと襷を取り出したものの、それをやんわりと制止される。

「手伝いはいいよ。というより、君は早く自室に戻った方がいい。入り用とあれば呼んでくれればすぐに行くから」

 にっこりと綺麗な笑みを向けられ、腕を止める。彼は厨当番を厭っているわけではないが、雑務を進んで行うような人でもない。むしろ、手伝いを申し出れば喜んでやらせてくれる人だ。そんな彼が手伝いを拒んだことに多少の不審さを感じる。

 疑うように見続ければ、早く行け、とばかりに厨を追い出された。

 仕事が終わっていないときは、手伝いよりそちらを優先させられるが、彼は昨日のうちに仕事が片付いているのを知っている。そんな彼が手伝いを断る理由がわからなかった。

 首を捻りながら自室に向かっていると、部屋の前で佇む人物に気付く。

 向こうもこちらに気づいたのか、煤色にも、鈍色にも見える灰色がかった髪を揺らし、遠くを見つめていた淡く煌めく藤色の瞳がこちらへと向けられた。

「主、少々よろしいでしょうか」

 柔らかな笑みを浮かべ近付くへし切長谷部に頷くと、彼は表情を華やがせた。

 普段の、厳格で、忠臣として傍に仕える彼とは違い、どこか緩やかな雰囲気を纏っているようにも見える。その表情には、恥じらいのようなものも見られた。

「主の本日のご予定は……」

 特に何もない、と伝えると、彼はさらに嬉しそうに口元を緩めた。

「もし主がよろしければ、甘味屋へ行きませんか。以前、主が気になっているとおっしゃっていたところへ」

 まさかのお誘いに、顔を輝かせ頷くと、早速準備をしてくる、と長谷部の横を抜け自室へ行こうとする。しかし、すれ違う瞬間、長谷部に手を取られ、その場に止まる形となる。

 彼の顔を見上げれば、空いている方の手でそっと頬を撫でられた。布越しのせいか彼自身の体温はあまり感じられない。

「準備はゆっくりしていただいて構いません。ですので、出来れば普段着とは違う装いをしてくれませんか」

 頬を撫でる指先がゆっくりと移動し、髪が耳にかけられる。

「睦み合う男女の逢瀬は、少々特別な装いをするものと加州から聞きました。『好きな人とのデートは、特別かわいい服装をするのだ』と。俺の言っている意味、わかりますよね?」

 細められた瞳に、先ほどまで触れられていた頬が熱くなったのを感じる。

「準備を終えたら、玄関まで来てください。俺も、特別な装いで待っています」

 サラリと落ちる髪を優しく撫でると、長谷部は手を離し廊下を戻っていく。

 高鳴る胸を押さえながら、先ほどの歌仙の様子を思い出す。彼は長谷部がこうすることを知っていたのだろうか。特別仲が良いわけではなかった気がする。

 そこまで考えて我に返る。

 こんなことを考えている場合ではない。早く準備をしなくては。

 去り際、歌仙に言われたことを思い出し、慌てて厨へと引き返した。

 

 歌仙に見立てられた服は和服だった。

 絶対それがいい、と熱く説かれ、言われるがまま袖を通したが、これから出かける相手は普段洋装姿しか見たことがない。彼に合わせ藤の花の帯を選んだが、彼がもしスーツなどを来ていたらあまり意味がない気もする。

 玄関が近くにつれ、一歩進む足が遅くなる。

 彼の特別な装いとはどんなものだろう。

 美しい彼のことだ。どんな服を身に纏ってもきっと美しい。

 足を止め、深く呼吸をすると、意を決し一歩を踏み出す。

 開いた玄関の先。雲ひとつない空を見上げる彼の姿に息を飲む。

 彼の瞳を思わせる淡い青紫の羽織に、深紫の着物。

 彼のために存在した色だと言われてもまったく違和感のないほど、彼に似合っていた。まるで、美しい藤棚を背負っているような、そこにはないはずの美しい花々が見えるような感覚だ。

 小さな声で名前を呼べば、彼は視線を下げ、眉尻を下げる。

「ああ、主……とてもお美しい」

 あなたも、と返そうとして口を噤む。

 近くまでやってきた彼から、甘やかな香りが流れてくる。

 まるでわずかな風で消えてしまう霞のような、そんな儚さを感じる。ここに実態はないような、決して触れることの出来ない幻想。

 長谷部、と小さく呼べば、彼はすべてを見透かしたように、そっと頬に触れた。先ほどとは違う、生身の彼の手が滑らかに頬を滑る。

 彼の手は少し冷たかったものの、その奥には確かな体温を感じられた。

 安堵の息を漏らすと、彼もどこか安心したように微笑んだ。

「主、そのまま少し止まっていてください」

 長谷部は、乱と加州に纏めてもらった髪に軽く触れると、自身の袂に手を入れる。

 袂から手を取り出す直前、視線の合った彼は優しい笑みを浮かべた。

「まだ少し、この時期には早いですが……」

 彼の手に握られていたのは、藤の花が垂れる簪だ。

 腕を伸ばした長谷部は、何も飾られていない頭に、丁寧にそれを挿していく。

 纏めるだけ纏めて、何も飾りを付けないことを不思議に思っていた。

 彼らはいつの間に、こんな話をするようになっていたのだろう。

「よくお似合いですよ。主」

 彼の美しい瞳に自分が映る。

 藤の帯に藤の簪など、自分が彼のものであると主張しているようなものだ。

 羞恥に顔が赤くなるのを感じていると、彼がそっと手を差し出す。

「では、参りましょうか。お手をどうぞ、主」

 なんでもいい。

 彼と同じ場所へ行き、彼の隣の歩けるのなら。

 大きな彼の手に自らのそれを重ね、また一歩、彼へと近付いた。